その背景には直接的にはチェーン病院の脅威があったが、より基本的な転換があった。
それは従来のパイの拡大から、既得権の保持への転換である。
そして各都道府県における地域医療計画を策定する委員会には地域医師会の代表が加わっており、多くの場合は医師会長自らが委員長となっている。
病床の規制は医療に対するこれまでの前提を大きく揺るがしている。
大学医局を頂点においたピラミッド構造は医師の絶対的な不足と、病院の拡大という前提のうえに成り立っていた。
関連病院間の異動と昇進は病院のポスト増があって初めて可能であった。
このような見通しもなく、また開業の魅力も乏しい現状では医局の強いヒエラルキーで拘束することはしだいに困難になってきている。
しかも病床数の増加は抑制されているが医師数は増えるという状況が続くことだけは確かである。
しかしながら、現時点では依然として自由開業医制も大学医局体制もともに健在であることにも留意する必要がある。
第一章で述べたように、政策決定を担う厚生省と日本医師会はそれぞれ未だ新たな理念を模索中であり、新ビジョンは示されていない。
さらに、チェーン病院に対する規制や営利を目的とした病院の禁止などに見られるように、現状を維持する制度上の仕組みがあることも見逃せない。
このような状況下で、各医療機関はそれぞれどのように対応しているかを次節で述べることにする。
日本の医療の現状を説明する際に、各種の統計データがしばしば用いられている。
しかし、医療施設の性質は千差万別であり、規模や開設者等に基づいて分けて統計的に比較しても具体的なイメージがつかみにくい。
また国際比較する場合は、たとえば何をもって「病院」と定義するかによって、値は大きく違ってくる。
確かに日本の病床数はアメリカの二倍で在院日数も非常に長いことで知られるが、実は日本の病院は長期療養施設を兼ねているので、正しく比較するためにはアメリカのナーシングホームの状況を考慮する必要がある。
そうすると、病床の格差は一・三倍程度に縮小し、在院日数の相違も大幅に減少する。
ただし、特定な病気について比較しても日本のほうが依然として長い。
村松らが日米の二つの大学病院における急性心筋梗塞の入院期間を比較したところ、アメリカの平均は九日であったのに対して、日本は二五日であった。
このように日本のほうがアメリカよりも三倍近く長かったが、アメリカのほうが一日当りの費用が大幅に高かったので、入院に要した費用全体として比較した場合には逆にアメリカが六割も高かった。
以上のような状況から、ここでは統計的な分析は行わず、日本の医療機関を代表的な六つのタイプに分け、いろいろなケースから抽出した特徴をこれら六つに合成して、それぞれについて典型例として描くことにする。
もちろん、これら六つのタイプ以外にもさまざまな特徴を持った医療機関もあり、またここで措いた像に対して反対する意見もあろう。
だが、千差万別である日本の医療機関を網羅的に説明することは不可能であるゆえ、平均的なイメージとして捉えるのが筆者の意図である。
大学病院および公的病院は数の上では一般病院全体の一・九%と一九・八%、同病床全体の六・五%と三四・九%をそれぞれ構成しているに過ぎない。
だが、私的病院とは異なり国や地方自治体からの補助金や税制上の特典等があるため、設備に投資することも、不採算の医療を提供することもできる。
不採算医療とは診療報酬による支払では病院のコストを回収できない医療のことであり、高度医療がその代表である。
たとえば全身麻酔手術についてみれば、大学病院が全体の二六・三%、公的病院が五五・二%を実施しており、両者を併せて八割にも達し、病床に占める割合の二倍である。
これらの病院は施設環境等が整備されていることもあって住民から一般に質が高いと評価されており、そのため高度専門医療ばかりでなく、プライマリーケアの一般的な病気の場合についても、患者によって選ばれる傾向が強まっている。
これは前述したように医師の勤務医志向を強める。
一因になっているばかりでなく、これらの病院のほうが同じような患者に対してより高度の検査をより広範に実施する割合が高いので医療費も高くなる。
医療は一次、二次、三次の二一層構造に分けられる。
一次ケアとは、一般外来における患者と医師の最初の接触、一-次とは専門外来と一般人院、三次とは特殊な専門医療である。
一次では総合性と全人性が、三次では専門分化がそれぞれ必要となる。
大学病院が存在するのは文部省の規定により各医学校に六〇〇床以上の付属病院の設置が義務づけられているからである。
大学病院において医学部学生の教育のほとんどが実施され、また卒業後も八割は大学病院で研修を受けている。
ここで紹介する他のタイプの病院と比べて均質性は高いが、地域によって差があり、また教員対学生の比率などにも差がある。
さらに戦前に設立された伝統ある医学校と、戦後昭和四五(一九七〇〕年から五六年に設立された新設校はほぼ同数であるが、それぞれ異なった校風がある。
大学病院は医育機関として統計上分類されている。
本院の他に分院を設けている大学もあり、医育機関の病院数を合計すれば八〇ある医学校のほぼ倍の〓ハ八となる。
私立大学を中心に分院の数が増えていることが他の病院との乱轢を生んでいる。
なお、本書では大学医学部(総合大学等の医学部)と単科の医科大学を併せて医学校としている。
一方、公的病院は農村部の五〇床程度の町立病院から、都会の五〇〇床以上の県立大病院まで大きな幅がある。
公的病院の中には厚生省が所管する国立病院、都道府県や市町村が開設した公立病院のほか、日赤・済生会等の「公的性格を有する」病院や社会保険団体等が設立した病院が含まれる。
このうち数の上で最も多いのが公立病院(公的一般病院の五六%)であり、かつての伝染病院から発展したものもあるが、その多くは戦後になって政治家にとって票になることもあって、開設と拡張が繰り返されてきた。
次に多いのが国立病院(同二一%)であり、これらは旧陸海軍の病院のほか、旧日本医療団の結核療養所である。
国の予算が厳しいので、がんセンターや循環器センター等を除いて公立病院と比べて人員、設備とも恵まれていない。
「公的性格を有する」病院(同一六%)は戦前からの非営利団体が開設しており、また社会保険病院(七%)はかつてはそれぞれの健保組合員が利用するために設立されたが、現在は住民全員に開放されている。
大学病院の典型としてA病院を描くことにする。
A病院は一〇〇〇床あり、私立の総合大学の付属病院として戦前に設立された。
入院についてみれば、ベッドは常にフル稼働の状態にあり、在院日数の平均は二五日間である。
通常入院できるまで待たねばならないことが多く、白内障の手術のように待っても大きな支障がない場合には六カ月に及ぶ場合もある。
だが、一般には一カ月程度であり、とくに緊急を要する場合は即入院できるか、あるいは関連病院への紹介が行われている。
入院した場合の形式上の主治医は各医局の教授であるが、教授は遇に一回回診する以外は直接関与せず、講師や経験ある助手をそれぞれチーフとする研修医等を含むチームに任されている。
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